ウェルビーイングなまちづくりに
フィットネスを位置づける
ウェルネスからフィットネスへ
「ウェルネス」が提唱されたのは、1961年のこと。
ハルバード・ダン博士(アメリカの公衆衛生医)が、「High Level Wellness」を記したことに始まり、本書は、ウェルネスに関する最初の出版物として広く認知されているという。
そこに記されている「ウェルネス」の定義とは、「個人の可能性を最大限に引き出すことを目的とした、統合された機能的方法」。1946年に世界保健機関 (WHO) が国際的に提示した、「健康」の定義をより踏み込んで、生活科学として、運動を適宜日常生活に採り入れながら、健康的に日々の暮らしを送ろうという趣旨で提唱された概念となっている。
その後、1970年代に、YMCAなどを中心に、米国で草の根活動として発展していった。
日本には、1980年初頭に、神戸に「YMCAウェルネスセンター」が設立されたことで「ウェルネス」のコンセプトが日本にも紹介され、コミュニティ活動を強みに注目を集めた。
だが日本では、時を同じくして「フィットネスクラブ」のオープンが相次いだ。そして1983年、「エグザス青山」の、月会費1万円のビジネスモデルが大ヒットしたことで、「フィットネス」のほうが「ウェルネス」よりも注目を集めることとなる。
提供されるサービス価値も、「ウェルネス」より「フィットネス」のほうが分かりやすく、「ボディビル」と「エアロビクス」など、身体にフォーカスしたサービスが人気を集めて、「フィットネス」が産業としても成長していくこととなった。
その後、日本で「ウェルネス」が再び注目されはじめたのは、2015年にグローバルウェルネスインスティチュート (Global Wellness Institute:GWI)が米国で設立され、「ウェルネス」を、「身体的、精神的、そして社会的に健康で安心な状態」として、産業として推し進めるべく、情報共有が進められるようになったことが契機となっている。以来、同団体における「ウェルネス」の定義も時代とともに変遷し、現在のウェルネスの定義は「全人的な健康状態をもたらす積極的な活動の追求と、ライフスタイルの選択」として、世界的な市場規模も4.5兆ドルと算出している。
フィットネスからウェルビーイングへ
日本のスポーツビジネスの権威で、日本における「ウェルネス」の位置づけの経営を良く知る大阪体育大学学長の原田宗彦さんは、こう話す。
「日本におけるウェルネスは、ビジネスの側面からはフィットネスに押されて影を潜めた感があります。2020年頃から世界的には『ウェルネス』も市場規模や成長性が注目されていますが、今ビジネスの世界で注目されているのは、『ウェルビーイング』です。ウェルビーイングは経営学としても注目されており、第3の資本と言われるサイコロジカルキャピタル(心理的資本)と相関があり、スポーツビジネスの分野でも研究が進んでいます」
このウェルビーイングは、2009年から日本でも浸透が進んだ「健康経営」でも注目された概念で、職場のウェルビーイング度が高まると、生産性が高まり、離職率が低くなるといった研究結果も数多くある。ウェルビーイングとサイコロジカルキャピタルの相関も指摘されており、サイコロジカルキャピタルを高める要素として、健康づくりが位置づけられる構図となっている。
もう一つ、ウェルビーイングの研究領域で、原田さんが注目するのが、街づくりとしての「アクティブシティ戦略」。ウェルビーイング度が高い街は、地価も高まるという経済的な効果も指摘されており、住んでいる人がアクティブになれるまちづくりの研究が進んでいるという。第3次スポーツ基本計画の中でも、「スポーツによる地方創生、まちづくり」が、計画的に取り組む施策として位置づけられ、各地で政策的に進められている。
この「アクティブシティ戦略」の一つに、「ウォーカブルシティ」の取り組みがある。「ウォーカブルシティ」とは、人が歩きたくなるまちづくりを進めることで、地域の官民両方の施設やサービスが連携するとともに、施設間の道や空間も人が歩きやすい環境に整えることで、多様な人を集め、人々の交流や滞在も生まれやすいように、まちが持つ資源を再構成しようとする取り組みとなっている。
人を惹きつけるまちづくりのフレームワークとして、ニューヨークのN P O 法人による「Power of 10+」がある。これは、地域に10ヶ所の人々が居たいと思う目的地(広場、大通り、ウォーターフロント、公園、美術館など)と、10ヶ所以上の場所(座る場所、遊ぶ場所、絵を描く場所、音楽を聴く場所、食べる場所、歴史を感じる場所、人に会う場所)があることで、多様な人を惹きつけ、交流や滞在が促されるという。
日本の先進事例としては、三島市の「三島文化・スポーツコミッション」が進める「ウォーカブルなまちづくり」の取り組みがある。三島駅、三島広小路、三嶋大社を結んだエリアには、富士山の伏流水が湧き出る美しい川の流れやせせらぎがあり、澄んだ水と空気、美食によって、滞在をよりアクティブにできるスポーツやレジャーの拠点もある。これらを「Stay Active in Mishima」という冊子にまとめて、三島市内外に発信している。「せせらぎノルディックコース」では、ノルディックウォーキングの全国大会が開催されるなど、知名度を高め、エリア外からの人を惹きつけ、交流や滞在が促されている。
原田さんは、今後のウェルネスやウェルビーイング領域では、フィットネスをまちづくりに活かしていくことをアドバイスしている。「フィットネスに『楽しさ』や『レジャー』の要素を加える必要があると思います。万国博覧会などでも、人気がないのは『健康館』。ウェルビーイングが『幸福度』とも訳されることが増えていますが、人がウェルビーイングになれるまちづくり、つまり人がアクティブになれるまちづくりに、フィットネスを位置づけることで、より社会の要請に応えられる事業展開ができると思います」