「フィットネスという行動」を促進焦点で訴求して
「ウェルネスという状態」という価値を提供する
ウェルビーイングとは、要件のバランスのいい状態のこと
「ウェルビーイング」が世界で初めて言及されたのは、1946 年のこと。世界保健機関(WHO)設立にあたって考案された憲章に含まれていた。そこには、こう書かれている。
「Health is a state of complete physical,mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.」
日本では、1951年に日本WHO協会によって、下記のように訳され紹介されている。「健康とは、病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあることをいいます。」
その後、1999年にWHO本部にて、このWHO憲章の健康定義の改正が提案された。そこに加えられたのが、「dynamic 」と「Spiritual」という文字である。健康定義の改定案は下記となっている。
「Health is a dynamic state of complete physical, mental, spiritual and socialwell-being and not merely the absence of disease or infirmity.」
日本WHO協会の見解では、「dynamic」については、「健康と疾病は別個のものではなく連続したものである」として、より長い時間軸で捉えようとするもので、「spiritual」については、「人間の尊厳の確保やQuality of Life(生活の質)を考えるために必要な、本質的なもの」としている。
ヘルスケアビジネスの分野を専門に、事業開発やマーケティング設計を専門とする西根英一さんは、こうした経緯をもとに、「ウェルビーイング」についてこう説明している。
「ウェルビーイングという言葉は、WHOの健康定義の中では、各要件の『バランスのいい状態(being)』を指します。近年、『Well -being』が『幸せ』と訳されることが増えていますが、『Well-being』は『各要件のバランスがとれている状態』と捉えて、事業やサービスを設計していくことが肝要です」
図に示すように、例えば「健康(Health)という状態( being )」であれば、「肉体的(Physical )」、「心理的(Mental )」、「社会的(Social)」の3要素がバランスしている状態。「ウェルネス(Wellness)という状態(being)であれば、「肉体的(Physical)」、「心理的(Mental)」、「社会的(Social)」、「信心的(Spiritual)」の4要素がバランスしている状態のことを指す。
さらにマーケティングの視点からは、「健康(Health)」市場のセグメンテーションとして「性差的(Gender)」「世代的(Generation)」といった要素が加わり、「ウェルネス(Wellness)」市場では、「性的(Sexual )」要素が加わることになる。
このように「健康(Health)」から「ウェルネス(Wellness)」に事業領域が移ることで、新しい市場が生まれてきており、ウェルネス領域で近年注目されているビジネスとして西根さんが挙げるのが「フェムテック」市場と、「ウェルネスツーリズム」市場。
「フェムテック」市場とは、女性特有の健康課題をテクノロジーで解決しようとする製品やサービス。
「 ウェルネスツーリズム」とは、「療養施設」や「リトリート」「カウンセリング」などのサービスを含み、日常から離れて、精神的な課題を解決しようとするサービス。コロナ禍で「Spiritual」サービスへのニーズが高まる中、Spiritual面に偏りすぎたミステリアスなサービスも増え、「ウェルネスホラー」としてアメリカでは連続ドラマにもなるほど。サービス自体もバランスがとれたWell-beingな状態であることが求められる。
予防焦点の「ヘルス」(健康)と、促進焦点の「ウェルネス」(健幸)
西根さんは、ヘルスケアビジネス創造の視点から定義すると、「予防焦点」であるHealth(健康)と、「促進焦点」としてのWellness(健幸)で市場を違えるものであり、フィットネスを「促進焦点」に向けて相応の介入手法でマーケティングしていくことで、新たな事業展開や市場の拡大が期待できると説明する。
西根さんはヘルスケアビジネスでの事業創造においては、「ヘルスケアの4 領域」として、既存サービスに近いことから事業を発展させていくことを勧めている。
これまで指導者が提供しているサービスを「運動指導」「トレーニング指導」などと捉えた場合、Health(健康)の領域に類されることとなり、予防焦点でのマーケティングをするケースも多かった。
一方で、同じサービスを「フィットネス」「スポーツ」「コミュニティ活動」と捉えると、Wellness(健幸)の領域に類されることとなり、促進焦点でのマーケティングが有効となる。「 予防焦点」とは、「~になりたくない」というネガティブな結果(損失)を回避しようと行動をとる人、一方、「促進焦点」とは、「~になりたい」というポジティブな結果(利得)に接近しようと行動をとる人のこと。
今後ウェルネスとしてフィットネス指導を位置づけていくうえで、促進焦点での介入手法として、「エビデンス」「エモーショナル」「エンターテインメント」「ファッショナブル」といった切り口でマーケティングをデザインすることで、同じサービスでも市場を拡大することが期待できる。
一つの例として、東京都三田にある整形外科の「ゆりクリニック」では、医療と健康サービスを、「骨美容」というコンセプトで、「美しく」「幸せに」年齢を重ねることを訴求し、エモーショナルで、ファッショナブルなアプローチでサービスを提供している。「健康(Health)」サービスを、「健幸(Wellness)」サービスとして再構築した好事例となっている。